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過去の出演者

コスキン・エン・ハポン出演者の中から、今ではプロのミュージシャンがアマチュアの時に多くの方々が出演しています。その中でも今では芸能人として活躍中の有名人がコスキン・エン・ハポンに出演していました。府川亮こと「ふかわりょう」が慶応大学ラテンアメリカ研究会に入っており川俣に来ておりました。1996年第21回コスキン・エン・ハポンにコンフント名ヴェンタダスでカランビート テムカーノという曲を1曲演奏していました。今年で39回を迎えるコスキン・エン・ハポンの長い歴史を物語る一面でした。

今年の出演者

コスキン・エン・ハポン2013の出演コンフントが決まりました。今年の出演特徴はなんといっても、今まで学園祭とかぶっていた筑波大学の皆さんが今年からかぶらなくなり出演できたことです。なんといっても2年連続学生チャンピオンになった学校ですので実力のあるコンフントが多くとても楽しみです。また、残念ながら?というかおめでたいというか、コスキンの時期にお子さんが誕生予定でキャンセルになったチームもあります。夫婦で参加する予定で今年で5年連続出場でしたのでとても残念ですが、将来お子さんと一緒にコスキンに参加することを約束しました。コスキン一か月前に出産予定で、コスキンの時は子供をいとこにお願いして出場する方とか、人生の中でコスキン・エン・ハポンの存在がとても大きいことを実感しました。

コスキン市から絵画が届きました。

絵画と一緒に在アルゼンチン大使館佐藤様より以下のようなメッセージをいただきました。

 

絵が送られた経過について

今年1月にコスキン市で行われた、アルゼンチン共和国コスキンフェスティバルに出場するにあたり、

コスキン市長を表敬訪問しました。(訪問者は、在アルゼンチン大使館の佐藤様、出場する梶川拓也

・溝口祥夫様、故水溜様の妻テレサ様、息子夫婦や地元の協力者です)

コスキン市長の会話の中で、東日本大震災及び原発事故により本町が大変な被害を受けていることを知り

何か復興の手助けができないものかと考えてくださり、身近なところから支援しようと絵を贈ってくれた

のです。絵の総枚数は106枚で、4つの小学校、4歳から10歳の子供たちの作品です。

これは、本町が39年間コスキン祭を開催し、本場コスキンフェスティバルへも数年、派遣している

音楽文化の交流の歴史があること、またこれを機会に、もっと本町の子供たちと交流を深めたいこと、

震災により被害の支援をしたいコスキン市長の意向から実現したものです。

 

また、外務省中南米局南米課 藤内様からもメッセージが届きました。

先日は突然の電話にて大変失礼いたしました。

電話にて御相談させて頂きました、アルゼンチン・コスキン市の児童が描いた児童画106点を送付

させていただきます。東日本大震災で厳しい生活を強いられているのではとの思いから、川俣町に

送付することになったと聞いております。お忙しいところ恐縮ながら、貴町における展示等、

ご検討いただけますようお願い申し上げます。

以上宜しくお願い申し上げます。

2013出演申込み開始

申し込みを開始したばかりなのに早くも出演申し込みが来ております。また、昨年の住所で届かな

かった申込書もかなりの数が戻って来ております。住所を変更する場合は必ず郵便局にも届け出て

ください。特に学生の皆さん、卒業と同時に住所が変わる場合は住所変更もお願いします。

申し込み要項が分かりづらい所を直しましたのでもう一度確認お願いします。

日本代表が演奏いたしました。

日本代表の「TAKUYA&YOSHIO」がコスキンフェスティバルにて素晴らしい演奏をして大喝さいを

浴びました。アルゼンチン全土にテレビ放送で流れる国家的な音楽祭で、一流のプロのミュージシャン

だけが参加できる音楽祭で日本代表として素晴らしい演奏をしていただいたことに感謝いたします。

演奏の模様はユーチューブでご覧いただけます。

http://www.youtube.com/watch?v=VjHizBPoj_M

アルゼンチンコスキンフェスティバル

いよいよ本場アルゼンチンのコスキンフェスティバルの開幕が近づいてきました。

日本代表のTAKUYA&YOSHIO氏は19日に日本をたつ予定です。出演は現地時間の21日に決まりました。

日本の多くの代表として精一杯演奏をしてきてほしいと思います。

プログラムが掲載されておりますので見てください。

http://www.aquicosquin.org/#!programacion-lunas/c1deb

 

溝口氏よりコスキンフェスティバル出場についての報告書が届いておりますので掲載いたします。

 

 

 

 

 

 

アルゼンチン共和国コスキン市「コスキンフェスティバル」出場について

 

 

 

溝口 祥夫

 

 

 

本年1月22日にアルゼンチン共和国コスキン市で開催される「コスキンフェスティバル」に日本代表として出演することとなりましたので次のとおりご報告いたします。

 

 

 

1 コスキンフェスティバルの概要

 

(1)アルゼンチン共和国コスキン市と「コスキンフェスティバル」

 

コスキン市はアルゼンチン北西部コルドバ州の北に位置する避暑地。ブエノスアイレスに次ぐアルゼンチン第2の都市、州都コルドバから北西へ50kmほど。

 

コスキンフェスティバルは、南半球の夏に当たる1月下旬、約10日間にわたって行われる中南米でも最大規模(観客10万人以上)の国民音楽祭の名称である。

 

 

 

(2)コスキン・エン・ハポン

 

 

 

コスキン

 

福島県川俣町で毎年10月に開催されるフォルクローレ音楽祭。プロ・アマ問わず全国の愛好家が集い3日間にわたり開催される。アルゼンチン共和国の同上音楽祭にちなんで名付けられた。

 

 

 

この音楽祭の期間中にコスキンフェスティバル日本支部(コスキン市長令に基づき川俣町が設置。支部長:古川道郎川俣町長)が主催する「アルゼンチン共和国コスキンフェスティバル日本代表審査会」が行われ、代表に選出されたグループがコスキンフェスティバルに出場する。

 

 

 

(3)フォルクローレ

 

南米アンデス山脈に住む先住民を中心に伝わる民族音楽およびその影響を受けた音楽の総称で、尺八に似た縦笛のケーナ、マンドリンのような十弦小型ギターのチャラン ゴ、打楽器ボンボなどにより、演奏される。日本でも親しまれている「コンドルは飛んでいく」「花祭り」などが代表曲であり、楽器の音色の中に素朴さが漂うメロディが特徴。

 

(4)「TAKUYA&YOSHIO」のアルゼンチン共和国コスキンフェスティバル出場

 

2012年10月7日、福島県川俣町でアルゼンチン共和国コスキンフェスティバル日本代表審査会があり、「TAKUYA&YOSHIO」が選出され、古川道郎町長より日本代表の認定証が授与された。審査会へは10 回目の挑戦で悲願の出場権を獲得した。

 

「TAKUYA&YOSHIO」は2013年1月22日(現地時間)、アルゼンチン共和国のコスキンフェスティバルに日本代表として出場する。(日本出発:1月19日、帰国:1月27日予定)

 

 

 

2 「TAKUYA&YOSHIO」について

 

「TAKUYA&YOSHIO」は、梶川拓也(1969年生・日進市在住)と溝口祥夫(1969年生・千葉県船橋市出身・在住)からなるフォルクローレデュオ。

 

1988年、大学入学と同時にフォルクローレサークル「東京大学民族音楽愛好会」に所属し演奏活動を始め、1991年に2人組の同グループを結成した。

 

YOSHIOは卒業後、新聞社、教育グループ企業勤務などを経て現在は資格予備校に勤務。船橋市に35年以上在住。

 

 

 

<主な活動>

 

・1991年「ラテンフェスティバルINリトルワールド」(愛知県犬山市)で熱演賞

 

・1992年「コスキン・エン・ハポン」において参加100チーム以上の中から12チームの「セレクションビデオ」に収録。この年より連続参加し、「広報かわまた」H18年11月号に「ユニークで人気があるチーム」と写真つきで紹介、またH23年9月号ではコスキン告知記事で紹介されるなど、同音楽祭でのパフォーマンスにより全国レベルの知名度を得る

 

 

「H23.9広報かわまた」より

 

・千葉県船橋市葛飾公民館で年1回コンサートを1991.12~2008.2まで、17年間実施し、延べ動員1500人を超える実績を残すほか、船橋市三咲公民館、船橋市中央公民館、緑台町会(コンサートが船橋習志野CATVで放映される)での演奏など

 

 

 

・静岡県、京都市、岡山市などでイベントへの参加、コンサートの主催など 以 上

 

<コスキンフェスティバル参加にあたって>

 

日本代表選出にあたって、古川道郎・川俣町長から「広報かわまた」に次のような激励のお言葉を頂戴いたしましたのでご紹介いたします。

 

 

 

~「広報かわまた」H24年11月号p.23より~

 

 

 

このような大変名誉な機会を得ることができたのですが、それ以上にうれしかったのは、川俣町の方々との絆が深まったことです。私どもは、20年以上前から福島県川俣町で開かれるこの音楽祭に参加し、町の方々と交流させていただいておりますが、今回の選出で町の方々からも多数、祝福の言葉を頂戴しましたのが何よりの喜びでした。

 

3.11以降、特に相方の梶川は電力会社の社員であるため避難区域を持つ川俣町が直面している状況、さらに日進市民として花火大会の出来事に直面し心を痛めていました。また私・溝口も川俣町、そして福島の震災後の状況にいてもたってもいられない思いを味わい、2011/5/1にまだ落ち着きがない状況で齋藤寛幸・コスキン・エン・ハポン実行委員長に会いに川俣町へ行きコスキン実施の可能性について話し合うのみならず、2011/10/30に福島市の除染プロジェクト調査を手伝う形で福島市大波地区での除染を手伝ったりしました。

 

福島、川俣町のこのような状況の中、震災前と変わらず迎えていただき、それだけでなく、このような名誉を与えていただいた町の方々に対して、感謝の念に堪えません。この思いを胸に、日本代表として、精一杯、アルゼンチンで演奏してきたいと思っております。

 

一日も早い復旧・復興を願っております。

 

平成25年1月12日

 

溝口 祥夫

 

コスキン・エン・ハポン 番外編

コスキン・エン・ハポンの表に出ていない、いわゆる裏方の縁の下の力持ちをご紹介いたします。まず、なんといっても関東学生フォルクローレの皆さんです。舞台袖でマイク係をしていて、演奏度にマイクを出し入れしている8人組です。一人1本づつ受け持ちのマイクを持ち、出演に合わせて高さと角度を決めて舞台袖に下がります。この方たちの出来次第で進行の速さが変わります。今年の学生たちは特にきびきびしく動いておりました。

誘導係りも演奏が聴けない裏方です。2階の待機場所に出演する人を並べて出演順を確認して舞台袖に入れます。演奏が聴けませんが出演者とコミニケーションがはかられる場所です。

なんといってもかわいらしいのが子供たちの出演案内です。子供たちはこの係りが気に入っているらしく、先を争いながら仕事をしております。今回も多くの方より子供たちの案内が良かったとの声がありました。

 今回のコスキンも多くの方々のご協力のもと開催することができました。関東フォルクローレ交流会、秋田大学生、川俣ケーナ愛好会、アミーゴ・デ・川俣後援会、アミーゴ・デ・川俣卒業生、福島大学生、出原様その他の皆さまに心より感謝申し上げます。

 

コスキン・エン・ハポン2012  3日目

いよいよ最終日。例年ですと地元のグループが多くほのぼのとした演奏ですが、今年は最後まで見どころ満点でした。慶応OBのコンフント水餃子、ベテランの演奏の風の精、実力者コンフント ティエラ ブランカと続きます。その合間に川俣町のコンフントおよび子供たちが演奏して会場を和ませます。この雰囲気が他の日にはない最終日ならではなのです。先日見つかった、第1回コスキンの音源を聞いてコスキン・エン・ハポンの原点がこの3日目に垣間見ることができました。そして最後のフィナーレでは必ず会場1周の輪がつながるまで花祭りが続きます。終焉は予定通り午後4時でした。おかげさまで今年のコスキン・エン・ハポン2012も無事終了することができました。皆様方のご協力に感謝いたします。また、来年川俣でお会いしましょう。

 

コスキン・エン・ハポン2012  2日目

 

 

 

 

 

 

音響・ステージのチェックのため8時45分会場に到着。いよいよ長丁場の2日目開始です。今までより30分早いせいかお客さんの数が少ない中、飯田アナウンサーのアデランテから2日目コスキンマーチがスタートしました。

2日目は比較的余裕があるとはいえ、水溜さんの追悼式の写真確認や進行の打ち合わせを飯田さん・司会補助の担当者・日本代表の植松さんと打ち合わせを重ねるが、なかなか流れの感じが伝わらない。ほとんどの方が水溜さんを知らないので、水溜さんの功績を紹介すると同時に写真を多めに映すことで皆さんに分かってもらえるか心配でした。やはり本番は、タイミングがかみ合わず焦りましたが、幸い一番前に座っていたので、合図を送って事なきを済ませました。

次に、日本代表審査会に出る出演者の打ち合わせ。高橋咲子さん以外は過去に出演しているので流れはわかっているので、咲子さんに説明をしたかった。しかし当の本人がまだ会場入りしていない。Yoshioさんに、咲子さんに会ったら説明をお願いして打ち合わせを終了。

午後6時から審査員の打ち合わせを行い、今回の審査会の出演者の説明。ソロが2人でデュオが1組と言う実力者が代表を狙いますと説明。今年は審査会前に追悼式をするのでその前に会場入りをする等、例年以上に打ち合わせをいたしました。結果はTakuya&Yoshio氏に決まり、決まった時の歓声は今までにない位多く、彼らも感無量の面持ちでした。本当におめでとう。

やはり今年も審査会からかなり押してしまい、進行が50分も遅れているという事で巻きにまいて進めましたが最終的に20分の遅れで終了しました。今後の課題で考えなければならない問題です。ビバビバがおわり家に帰ってまた、娘の造った酒を飲んで寝たのが3時でした。

写真は、審査会前に練習しているTakuya&Yoshio氏の貴重な写真とコンフント水餃子のみなさん。水餃子のマッシー君、ラフティー君としばらくぶりの再会。

 

コスキン・エン・ハポン2012 1日目

私のコスキン・エン・ハポンは、初日6日の午前2時30分からスタートしました。なんとその時間に「パレードに参加したいので可能かどうか連絡してください。」との枕元にある携帯にメールが入ったのです。しかたなく「誰でも自由に参加可能です」との返信をしましたが、目がさえてしまいうつらうつらで朝を迎えたのです。

暑くもなく寒くもない絶好のコンディションでスタートしたパレードですが、今年はしんがりに東京大学民音有志が派手なパフォーマンスで盛り上げてくれました。パレードの途中で会場に戻り、出店業者との出店者説明会を行い、その後アルゼンチン大使館公使ルイス・アレギ氏との昼食会に参加して、開会セレモニーを行うという目まぐるしい日程です。

コスキンマーチが終わると一息つくまでもなく東大生と意見の交換をいたしました。福島県では昨年から1万人もの子供たちが県外に行ってしまっています。川俣でも小中学生で40人、小さい子も入れると100人もの子供がいなくなっている現状です。この現状を踏まえ、日本最高学歴の東京大学の学生の頭脳を川俣町に活用していただけないかと教育長を含め東大生3人と意見交換をしました。実はコスキン・エン・ハポンに東大生が50人も来ているのです。子供たちにとって魅力ある町になればと思い東大生にお願いいたしました。

それからすぐ、「福島と広島の手をつなぐ会」という市民団体の人と新聞取材を受けました。昨年から何度も何度も広島に子供たちを連れてきてほしいと誘いを受けて、来年何とか実現に向けて動き出す予定です。代表の方は昨年もコスキンに参加した広島のカスティージョ・アンデスと言うコンフントの方です。

そうこうしているうちに出演順が回ってきて、ようやく落ち着いたのがゲストの演奏からでした。時間的には多少早まって進行しているが、思いいのほど進まずすべて終了したのが1時30分を過ぎていました。家に帰り娘の造った酒を飲みながら目まぐるしい一日を顧みて布団に入ったのが2時30分でした。気が付いてみるとメールを受信して24時間たっていました。

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