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マクリ大統領歓迎晩餐会

この度、マクリ アルゼンチン大統領の来日に当たり総理公邸で行われた安倍総理主催の歓迎晩さん会に招待を受け、中高校生と一緒に晩さん会で演奏をしてきました。かなり厳しいセキュリティと写真撮影が制限され保護者も会場に入ることも規制されましたので、公邸控室での集合写真です。以下は福島民報社の記事です。

川俣町のフォルクローレ演奏団体「アミーゴ・デ・川俣」の中高生らは19日、首相公邸で開かれたアルゼンチン大統領の来日を祝う晩さん会で同国の民族音楽を演奏した。中南米音楽祭「コスキン・エン・ハポン」を町内で開催している縁で招かれた。

■アルゼンチン大統領来日晩さん会 「元気、笑顔で伝えた」

晩さん会は安倍晋三首相の主催。「アミーゴ・デ・川俣」の指導者でノルテ・ハポン(北日本中南米音楽連盟)代表の斎藤寛幸さん(61)=川俣町=が4月中旬に外務省から出席を打診された。斎藤代表が中高生と一緒に演奏したいと提案した。
斎藤代表と中高生によるグループ「ムチャーチャ・ムーチョ」の丹野明紀(あき)さん(16)=川俣高2年=、菅野萌佳さん(16)=安達高2年=、菅野昂哉さん(15)=聖光学院高1年=、斎藤拓海さん(15)=福島高1年=、広野利瑛さん(15)=橘高1年=、丹野友唯さん(14)=川俣中3年=、菅野暁斗さん(13)=川俣中2年=が民族衣装を着て縦笛のケーナ、弦楽器のチャランゴなどで「谷間のカーニバル」「花祭り」を奏でた。スペイン語で歌声も披露し、安倍首相やアルゼンチンのマウリシオ・マクリ大統領らを楽しませた。
団長の丹野明紀さんは演奏後、「今までで一番緊張したけど、川俣の子は元気だと笑顔で伝えられた」と充実感を漂わせた。
「コスキン・エン・ハポン」は昭和50年に始まり、在日アルゼンチン大使館の大使や公使が毎年出席している。斎藤代表は「手拍子も入り、満足できる出来だった。さらに絆を強めるきっかけにしたい」と語った。町は2020年東京五輪・パラリンピックでフェンシングのアルゼンチン代表の事前合宿誘致を目指している。佐藤金正町長は「今回の演奏を機に誘致の動きを前進させたい」とコメントした。

産経新聞

地球市民賞受賞祝賀会の翌日は、午前は歴代受賞団体の代表の方とのワークショップ。
課題は後継者問題と運営資金の問題。どちらも今後のコスキン・エン・ハポンにとって頭の痛い課題でした。コスキンの運営で出演者による学生ボランティア・インフォメーションセンター・PAの協力等を話しましたら驚きの声が上がりました。
午後からは、硫黄島地区会との対談と産経新聞の取材等で息をつく暇もなく忙しい時を過ごしました。と言うことで、産経新聞で3月24日の朝刊(全国版)で記事が出ております。

CINRA.NETで対談が載っております。

地球市民賞授賞式の翌日、国際交流基金本部にて硫黄島でジャンベを普及した安永地区長と徳田校長先生を交えてお互いの歴史から活動内容、今後の課題等2時間にわたり対談しました。
東北の過疎の町と週4便しかフェリーがない硫黄島。しかし、パッションとドリームに満ち溢れており光り輝く文化が根付いている両地区。
2時間があっという間に過ぎてしまう対談でした。

CINRA.NET

[インタビュー]帰省したくなる理由はどこにある?故郷が今もなお魅力を放ち続ける理由に迫る。国際交流基金地球市民賞を受賞したノルテ・ハポンと硫黄島地区会による理想の町おこしはどのように行われたのか。 http://www.cinra.net/interview/201703-jpf

サントリー文化財団ブログ

サントリー文化財団のブログにて地球市民賞受賞されたことを紹介しております。授賞式には大阪からサントリー文化財団の小島氏が祝福に来てくれました。今までに、サントリー地域文化賞と地球市民賞のW受賞は16組もあるそうです。ようやくコスキン・エン・ハポンも仲間入りが出来ました。

http://sfnd.blog.suntory.co.jp/008768.html?_ga=1.152605937.971831705.1459214131

 

アルゼンチン大使館オフィシャルホームページ

この度、駐日アルゼンチン共和国大使館オフィシャルホームページにて、ノルテ・ハポンが国際交流基金「地球市民賞」を受賞したことが掲載されております。

ぜひご覧になってください。

また、28日には内堀福島県知事に受賞報告に伺う予定です。

http://www.ejapo.mrecic.gov.ar/ja

地球市民賞レセプション演奏

先日行われた地球市民賞のレセプションで日本代表有志の皆さんが「Himno a cosquin」を演奏してくれました。会場には高円宮久子妃殿下もご臨席され、終始和やかな雰囲気の中みなさんをひきつける素晴らしい演奏でした。アルゼンチン大使館のイワン・デ・ポンテ氏と一緒に感激してみておりました。会場がうす暗かったのですが、多くの皆さんが見てコスキン・エン・ハポンを少しでもわかっていただけたような気がします。

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=3RKyZrUU8v0

 

地球市民賞受賞祝賀会

国際交流の最高峰ともいえる地球市民賞にようやくたどり着きました。何度もチャレンジしての受賞はこの上ない喜びです。この賞は、主催事務局ばかりではなく、出演者・観客・町民の皆さん、そして行政の支援の賜物だと思います。当日は「Himno a cosquin」の演奏と踊りで多いに盛り上がりました。改めまして御礼申し上げます。

 

 

 

 

長沼氏お別れの会

コスキン創始者である長沼康光氏のお別れの会を開催いたしました。

長沼氏は音楽一筋の人生でした。音楽のルーツはお兄さんがいた川俣座という映画館でレコードをかけていたことだと聞いております。その後クラッシックを聞くようになり、川俣町で初めて弦楽四重奏の楽団を作ったのです。それから、子供たちにヴァイオリンやチェロを指導して1956年交響楽団、サールド・コンセールを結成しました。川俣町の音楽による文化が芽を出した時期だと思います。音楽会館を作り、合唱の好きな人を集め合唱団を構成したり、レディースギターアンサンブルのグループを作り演奏活動を活発に行い、音楽に明け暮れておりました。好きな音楽の中にアルゼンチンタンゴがありました。レコード観賞会を開き聞く音楽でしたが、昭和48年東出五国氏によりはじめて川俣にケーナという音色が入ってきて、聞く音楽から奏でる音楽に代わりました。そして、その2年後昭和50年にコスキン・エン・ハポンが開催されたのです。年々参加者が増え続け、今では3日間約200グループが川俣に集うようになりました。長沼氏は信念を通しますので、いろいろなところで意見の相違がありぶつかりました。しかし、コスキン・エン・ハポンがここまで大きくなったのは長沼氏の功績であり、川俣町に音楽の文化が根付いたことに深く感謝いたします。そしてこれからも、この音楽文化を連綿として続けていく所存でございます。お別れの会では、長沼先生の教え子だった日フィルチェリストの奈切さんはじめ、レディースギターアンサンブルの皆さん、関東からお越の皆さん、元アミーゴ・デ・川俣の皆さんたちによる音楽葬でおくりました。

コスキン・エン・ハポン2016無事終了しました。

今年のコスキン・エン・ハポンも多くの出演者の皆さん及び観客で訪れてくれたお客様のご支援ご協力のおかげで無事終了いたしましたことに御礼と感謝を申し上げます。最近のコスキン・エン・ハポンは多くの皆様のご協力で運営されております。舞台袖のマイク係は、関東フォルクローレ交流会の皆さん。誘導には秋田大学、PAには民音の関係者。そして、昨年からインフォメーションセンターを設置して東京在住の出演者の皆さんが運営をしております。また、司会アシスタントにはアミーゴOGとボランティアの方にお願いいたしました。このように、開催事務局ばかりでなく多くの皆さんのご支援によりコスキン・エン・ハポンは成り立っております。

1週間前、熱く燃えた初秋の川俣が嘘のように静まり、普通の山あいの町に戻っております。今年のコスキンは多くのゲストの方が演奏してくれ、また一般出演者の皆さんも素晴らしい演奏をしてくれました。特に、今年の代表審査会は入れ代り立ち代りドラマの主役が変わるように、審査会に出演した皆さんは甲乙つけがたい素晴らしい演奏でした。誰が代表になってもおかしくないくらいのレベルで、つくづく何度も何度も練習を重ね、細かい音合わせのチエックをしてきた演奏だったと思います。代表になった「小川紀美代と蛇腹隊」の皆様おめでとうございます。1月に行われるアルゼンチン・フォルクローレフェスティバルでは、日本代表として思い切り納得する演奏をして来てください。また、今回エントリーをした他の方ももう一度チャレンジしてください。皆さんが代表になれる演奏力があると思います。

今回特別ゲストLos Laikasの演奏にはとても感激しました。会場もあんなに盛り上がったことは今までにありません。演奏終了後、ホールの外で民音OGのSさんに会い「みんなとても喜んでフォルクローレを続けていて良かった。コスキンに来れて良かった」とみんなの意見を代表して言ってくれました。まさか実現できるとは私も半信半疑だったのです。あれは2年前6月、カルカス東京公演の帰りルイス・カルロス・セベルッチと電車の中で「Laikas40周年記念にコスキンで演奏するよ」と唐突に話し始めました。「私はコスキンが好きなのでコスキンに来てくれる皆さんにLaikasオリジナルメンバーの演奏を聞いてほしい」と切々話したのです。いまだにコスキンでは多くの方がLaikasの曲を演奏しております。もし実現すれば素晴らしいと思い、昨年9月に東京でルイス・カルロスに会い確かめたところOKとの返事をもらいこれは実現すると確信しました。ところが今年に入り、来るとの返事は貰ったのですが進展がないまま日が過ぎていき、9月中旬に突然、カルロス・フローレスにコスキンで演奏するからINVITATIONを出してくれとの連絡を受けたのです。ボリビア国籍でアルゼンチン在住のカルロス・フローレスになかなかビザが下りないとのことで、日本大使館はじめいろいろな方が日本来日に尽力を尽くしてくれて今回の来日につながったのです。コスキン・エン・ハポンは主催者の開催事務局ばかりでなく多くの出演者ならびに観客の皆さんが訪れるので大きな力になっております。今回のLaikasの演奏は皆さんの総合力のたまものだと思い感謝申し上げます。

新しいポスター制作者が決まりました。

昨年まで41年間コスキンのポスターを描いていただいた神保亮さんがご逝去され、今年のポスター制作者が未定でしたが、先日の実行委員会で皆さんの承認を得て今年から大町亨氏にお願いすることにいたしました。大町氏は自ら30年以上コスキンに出場されており、コスキンの事を一番わかる画家です。簡単に略歴を紹介します。

モダンアート協会会員・福島県美術協会幹事・姫路大学・豊岡短期大学非常勤講師・郡山情報ビジネス公務員専門学校講師・国際アート&デザイン専門学校講師、その他、社会教育の現場にも従事しております。

新しいタッチのポスターが出来ると思いますので楽しみにお待ちください。

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