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Adios Argentina 4 帰国

 

ついに、今回のとてつもなく充実をした短い旅も終わりに近づいてきました。午後4時に日本大使館を出て、ブエノス発20時50分まで時間があると言う事なので、カミニートまで足を延ばしてきました。ここは、アルゼンチンタンゴの発祥の地と言うことで観光地として一度は訪れるところです。たくさんの観光客がおり、その客を目当てにお土産店もぼったくりの値段設定をしております。でも、若いお兄ちゃんにはまけてくれてどこの国でもイケメンには弱いことがわかりました。そして、無事翌々日の15時成田空港に着き20時川俣町中央公民館で帰着式をして解散になりました。

今回の視察でお世話になった、スキャレッティコルドバ州知事、ガブリエル・ムッソコスキン市長、水溜ガブリエルさん、玉城さん、比嘉さん、福嶌教輝日本大使、ファン・カルロスさん、ホアキンさん、ラウル・オラルテさん、ミルタ・アルバレスさん、今野添乗員、ガイドの宮代さん、福島民報社村田支局長、福島民友新聞社折笠支局長、その他多くの方のご支援ご協力のおかげで無事コスキンミッション派遣事業を行えたことに深く感謝申し上げます。

Adios Argentina 3 日本大使館

 

ミルタさんのマンションからタクシーで飛ばして日本大使館に行く予定でしたが、今回の旅行で一番のピンチが訪れました。タクシーで案内されたビルは日本大使館が入っているビルではなかったのです。いくら探しても中高校生はもとより日本人の姿も見当たりません。直感でここは違うと思い、聞いたところここは違うビルだと教えられました。これでは完全に間に合わないと思っていましたら、案内するからついて来いと言うのです。なんと日本大使館のビルは隣のビルだったのです。何とか間に合い中に入るとオレンジの法被を着た福島県人会の皆さんが歓迎をしてくれました。

日本大使館では福嶌教輝特命全権大使を表敬訪問をして現在の福島の現況を説明をしました。県人会の皆さんは故郷を思う気持ちが強く、特に川俣出身の親がいる方は震災後8年が過ぎた川俣の様子に耳を傾けておりました。福嶌大使との懇談では、団員が一人一人視察の感想を発表し、本場アルゼンチンコスキン市での経験をぜひ川俣で活かしたいと力強く話をしました。

以上で今回アルゼンチン視察のすべてのミッションを終了しました。

 

Adios Argentina 2 ミルタ・アルバレス

 

今年の日本代表であるリオ・デル・ボスケの清水さんは昨年12月からブエノス・アイレスに滞在していました。そのころから、ぜひ紹介したいギターリストがいるのでブエノスに来たら連絡をくださいと、打ち合わせをしており、昼食を早めに切り上げ、ミルタ・アルバレスさんの自宅を訪れました。ミルタさんの演奏を聴いたら、清水さんが紹介したいと言うのが納得できる素晴らしいギターテクニックです。魔法のような指の動きに圧倒されながら聴いておりました。ミルタさんは今年6月に、イタリア・フランス等のヨーロッパツアーを行う予定だそうです。日本の文化にも興味があり墨絵もしているほどです。来年日本に行きたいと話しておりました。

Adios Argentina 1 ブエノスアイレス

 

 

 

 

 

 

いよいよ旅も最終日。朝5時にホテル プエルタ デル ソルを出発してコルドバ バハス ブランカス空港からホテルニューベリー空港へ。出口のところで、なんと昨年コスキン・エン・ハポンのゲストだったラウル・オラルテ氏と福島県人会の七海氏が出迎えに来てくれた。今回の旅行で、初めての観光をブエノス・アイレスで行いました。5月広場にある、メトロポリタン大聖堂と大統領府。メトロポリタン大聖堂にはサン・マルティン将軍の像がありました。アルゼンチンをスペインから独立させた英雄です。そういえばコスキン市でもあちらこちらにサン・マルティンの名前が付いた通りや広場があったのを思い出しました。

オラルテさんとはバスの中で、今年のコスキン・エン・ハポン出演のオファーを頂きました。今年もコスキン・エン・ハポンであの素晴らしいケーナの音色が聴く事が出来ます。

怒涛のコスキン編 12 ステージへ

 

ついにコスキン市での最後のミッションになりました。当初、中高校生はメインステージには上がれないと連絡を受けていたので、子供たちはステージ袖に待機予定でした。ところが、ガブリエル氏の計らいで中高校生もメインステージに上がれることになり、アルゼンチン国旗を買いに売っている店を探しました。子供たちは急きょ浴衣に着替えステージに向かったのです。

ステージ上では、佐藤金正町長がガブリエル・ムッソ市長に町の文化発展に対する感謝状を渡し、市長からコスキンフェスティバルオリジナルポンチョを受け取り、返礼として日本のポンチョでもある、法被をプレゼントをして10000人の大観衆の前で友好の絆を深めました。

 

たった4日間のコスキン市滞在でしたが、目まぐるしく変わる予定の変更にも対応して、すべての任務をこなし多くの友人とも再会が出来たことに心より感謝申し上げます。

怒涛のコスキン編 完

怒涛のコスキン編 11 ホアキンさん

 

コルドバ州在住のホアキンさんとの出会いは、一昨年コスキン・エン・ハポンが終わった後、仙台の植松さんから、コルドバからミュージシャンが来るのでボンボのワークショップを川俣でしませんかと電話を頂いた時からでした。川俣でお会いしたらとても親日家で日本の文化や食にも興味があるとの事です。日本語も勉強しており会話には不自由を感じませんでした。そのホアキンさんが奥さんのエリザベスさんとルルちゃんを連れてホテルに会いに来てくれました。相変わらず日本が好きでお土産に持って行った日本茶や柿の種のせんべいをとても喜んでくれたのです。娘のルルちゃんが12歳との事で中学生を呼んで、トランプをしたりじゃんけんをしてコミュニケーションを図り、今度は日本で会いましょうと約束を交わしました。

 

こんなところでVIVA動画(ホアキン家族)

https://www.youtube.com/watch?v=TukPQFuikYM

 

怒涛のコスキン編 10 文化交流

 

「アンドレ・シマ病院」肺結核を患った患者を診療した病院で、現地の子供たちとの交流が始まりました。日本の文化を紹介したのは、折り紙と福笑い。現地の子供たちに丁寧に弦のおり方を教え、はじめ方固かった表情が少しづつ和んでゆき、言葉の壁を通り越した瞬間でした。続いて日本のお正月に行われる福笑いです。これは、言葉での交流が出来る遊びです。日本にいる時に習った、Ojos(目)、Nariz(鼻)、Boca(口)とスペイン語で話しながら説明をしました。簡単なゲームなので、アルゼンチンの子供たちもみんなやりたくてしょうがないようです。このゲームでもう心が通じ合い、あっという間に友達になりました。その後、外に出て現地の子供たちがスチールドラムの演奏をしてくれ、日本の子供たちにたたき方とリズムを教えます。子供同士の文化交流は国境を越えてかけがえのない貴重な時間でした。

 

こんなところでVIVA動画(子供たちと)

https://www.youtube.com/watch?v=4RXZdx7iwfY

 

怒涛のコスキン編 9 墓参り

 

ついに、コスキン滞在最後の日です。コスキン市の子供たちとの交流を前に、近くにある日系人が眠る共同墓地をを訪れました。身寄りのない日系人が亡くなった時にお墓がないとの事で、水溜侃さんや玉城さん、比嘉さんたちがお墓を整備してきました。2011年の日本代表になった「ロス・ミドラス」のメンバーもこの地を訪れ、墓石がないのでメンバーの一人、伏見信壱さんが墓石を寄付したそうです。ところが、その後東日本大震災があり日本から輸出したもののどこにあるかわからない状態でした。数年かけて、日本大使館やアルゼンチン政府の協力でようやくコスキン市に届いたそうです。

アルゼンチンでは寄付をした人の名前を前に大きく書きますが、この墓石は後ろの見えないところに伏見さんの名前が書いてあり、これが本当の日本人の真心なんだと感激しておりました。また、隣には水溜家のお墓があり今まで大変お世話になった侃さんとパトリシアさんにお礼を言ってきました。

日本代表になった「ロス・ミドラス」の素晴らしい功績だと思います。

怒涛のコスキン編 8 フェスティバル開催

 

夜10時、教会の鐘が鳴り響きました。鐘の音が終わると同時にステージの後ろからおびただしい数の花火が打ち上げられます。観客席は10000人以上の人が入り大歓声が上がりいよいよフェスティバルの開幕です。初めにオープニングのHimno a Cosquinの踊りが入れ代わり立ち代わり100人ほどの人たちが交代でステージに上がってきました。さすが本場のフェスティバルの規模に感激をしながらオープニングを見ておりました。

オープニングの後にメルセデス・ソーサのオマージュから入りました。ペティコ・カラバハル、エレディア・ビクトリア、リリアナ・ヘレロと言う超一流の歌手達がバックにいる大合唱団とともに、メルセデス・ソーサの曲を思いを込めて歌います。約1時間と言う長時間にわたってソーサの賛歌が続きました。

 

 

怒涛のコスキン編 7 humita(ウミータ)

 

フェスティバル開催初日と2日目の夜に、コスキン市長主催のウエルカムディナーに招待されました。場所はフェスティバル会場の中にあるVIP専用レストランです。メーンは牛肉のアサードで骨付きのかなり大きなステーキでした。アルゼンチンは牛肉がかなり安く、年間一人当たりの消費量が63キロも食べるそうです。チキンを合わせるとなんと100キロ消費するから驚きです。だから中年のおばさん、おじさんは太り気味の人が多いのではないでしょうか。

その中で面白いものが出てきました。humita ウミータと言って、トウモロコシを荒く削って、玉ねぎやパプリカを入れてとうもろこしの皮に包んで蒸すのです。アルゼンチンばかりではなく他の南米の国にもあるとの事ですが、日本にもちまきと言って笹の葉に包んだもち米を蒸して食べるものや、中国にも中華ちまきと言うものがあります。何かの皮に包んで蒸すという共通な食文化を感じました。

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